「米軍の変革と空自の防衛力整備」
               
空幕防衛部長 平田将補

 最近、日頃の業務を通じて、「日米関係は少し変になってきているのではないか?」と感じている。日米同盟の将来に陰を落としそうな事柄が、日米双方において静かに進んでいる状況に危惧を覚えつつ、現在進行中の再編協議にどう立ち向かうべきかについて、考えるところをお話ししたい。

1、はじめに
 1994年に空幕防衛班に勤務して以来、日本の防衛は日米というファクター抜きに考えられないことを幾度も痛感させられてきた。しかも、以前は、装備品を通しての関係だけであったものが、次第に運用面の関係も強化され、しかも安保政策でも、また地域的にも広がりを見せている。まさに、この10年余で世界の日米同盟へと変革したのである。 冷戦が終結し、テロや大量破壊兵器の拡散といったグローバルな21世紀型の脅威が顕在化する中で、日米の双方が、両国の協力関係を前提として自国の軍事態勢のあり方を見直してきた。 米国サイドには、ダウンサイジングとRMAに対応するため、全世界レベルでドラスティックに軍の変革を進めたい意向が存在した。この実現には、同盟国や地域のパートナーとの協力が必要不可欠であることから、わが国政府との間でも、いわゆる米軍再編協議が始められたのである。

2、対米依存の現実
 国内には、何でも米国に追従するのはけしからん、毅然として日本の主張をすべきである、対米依存度は下げなければならないといった主張がある。しかしながら、このような議論は、我が国の置かれた現状への認識と、対米依存を如何にして下げるかという具体論を欠いたまま、感覚的に行われているような感がある。 我が国は、いわゆる核の傘の他にも、情報、軍事技術、エネルギー、食料、その確保のためのシーレーン等までも、米国の傘の下にある。仮に、軍事技術の対米依存度を下げるとなると、限られた防衛関係費の中から今よりずっと多額の研究開発費を投入する必要が生じる。また、そのようにしたとしても直ぐに効果が現れるものでもなく、10年20年といった長い期間が必要である。当然、米国とは緊密な調整を要し、場合によっては軋轢の生ずることも予期される。 対米依存度を下げるということを議論するには、具体的な提案をもって行わなければ、単なる言葉の遊びに終わるばかりか徒に米国との関係を損ねることにもなりかねない。私自身は日本がより自立的方向に向かうべきであると考えているが、良好な関係を維持しつつ目的を遂げるには長期間にわたってぶれることのない国家としての強い意志及び戦略的な対応が必要であり、日本側にはそれが欠けているのではないかと感じている。

3、米軍再編を巡る日米協議
 (1)米軍の再編と我が国の防衛力整備
 米軍再編を巡る日米協議は、今のところ、在日米軍の再編ばかりが目立っているものの、この協議の正式名称が「在日米軍の兵力態勢の再編を含む安全保障面での日米同盟に関する日米協議」であるように、本来は、より根本的な世界における日米同盟のあり方を協議するものなのであり、我が国の安全保障戦略、防衛力整備の骨幹に係るものである。

 (2)日米協議の背景
 冷戦終結以降、国際的なテロ活動や大量破壊兵器の拡散といった新たな脅威が顕在化し、国際的な安全保障環境が大きく変化した。このため、世界各国で安全保障に係る態勢の再検討が始められ、2001年9月11日に発生した同時多発テロを契機として、その動きは加速化した。 2003年11月にブッシュ大統領は、こうしたより蓋然性の高い危険な脅威に、より適切に対処するため、世界規模で展開する米軍の態勢を再編することが必要であるとして、同盟国等と、各国での駐留を含む米軍の態勢の見直しに関する協議を行うよう、政府高官を各地に派遣、いわゆる再編協議を本格的に開始した。 一方、当時、わが国でも国際情勢の変化や科学技術の発展といった我が国をとりまく安全保障環境の変化などを踏まえ、「今後の防衛力のあり方検討」を開始していた。04年12月に新たな防衛計画の大綱が策定されたが、そこでは、@我が国への脅威の防止と排除、A国際的な全保障環境の改善という二つの目標を、@我が国自身の努力、A同盟国との協力、B国際社会との協力という三つのアプローチの統合的な組み合わせで達成するという、基本的考え方を明確にしていた。

 (3)日米協議
 このような日米双方それぞれに防衛態勢見直しの動きがある中で、在日米軍兵力の構成の見直しを含む防衛・安全保障に関する戦略について日米協議が始められた。この協議は、まず第一段階として日米共通の戦略目標を明確にし、次に第二段階としてその共通戦略目標達成のための手段について協議して、日米の役割・任務・そしてそのために必要となる能力を明らかにした上で更に、第三段階として、抑止力を維持しつつ地元負担の軽減を図るという方針に基づいて在日米軍の兵力構成の見直しを行うこととされた。 本協議は、日米の考え方の違いなどから、なかなか進展しない時期もあったが、初めて日本が主体的に在日米軍基地の見直しに関与する機会を得ることともなった。 第一段階の目標とした共通の戦略目標の確定は、05年2月の2+2で成果が発表された。テロや大量破壊兵器の拡散等新たな脅威やアジア太平洋地域における不透明性・不確実性の継続を共通の安全保障環境として認識するとともに、世界的及び地域的な共通の戦略目標を、一国だけではなく日米及びその他の同盟国と協力して追求していくことを確認した。 第二段階の目標とした、日米の役割・任務・能力の明確化については、05年10月の2+2において基本的な考え方が「日米同盟:未来のための変革と再編」と題して発表された。また、これと同時に、二国間の安全保障及び防衛協力の態勢を強化するために平時からとり得る不可欠な措置を特定し、実効的な二国間協力を確保するため、本件を引き続き検討することの重要性が強調された。今後は、二国間協力の実効性を確保するために、様々な分野で役割・任務・能力の検討を深化させること及び「指針」の下での二国間協力のみならず、「指針」に示されていない分野でも二国間協力の実効性を強化し、改善していく必要があると考える。 第三段階の目標である、在日米軍の兵力構成の見直しについては、昨年5月、実施日程を含めた再編の具体案が取りまとめられた。その際、個別の再編案は、統一的なパッケージとなっていることが明記された。また費用負担については、施設整備に要する建設費その他の費用を基本的に日本国政府が負担する他、これらの案の実施による運用上の費用についても負担するとされた。

 (4)空自関連の再編事業
 具体的な再編事業のうち、空自に関連するものについては以下のとおりである。 まず第1に、総隊司令部の横田移転である。これは、ミサイル防衛を含め、防空に関して日米司令部間の連携の強化を図るためのものであり、現在府中に所在する航空総隊司令部の他、防空指揮群等の部隊を、在日米軍司令部の所在する横田基地に移転するものである。 第2に、将来的な横田管制空域の返還準備である。今後の横田進入管制業務が米軍から移管されることを念頭において、「横田空域全体のあり得べき返還に必要な条件を検討する」ことと、在日米軍と日本の管制官の併置が合意された。これに基づき今年の5月から横田ラプコンには空自の管制官6名が配置されている。 第3に、共同訓練の実施である。これは、米軍専用施設や区域の周辺の地元の負担を軽減するとともに、日米共同訓練の機会を拡大し、日米共同運用態勢の強化を図ることを狙いとして、嘉手納、三沢および岩国の米軍機が、千歳、三沢、小松、百里、築城及び新田原の六つの空自基地に展開して、共同訓練を実施するものである。なお、沖縄における在日米軍施設や区域の共同使用は、運用面で制約がある自衛隊の訓練環境を大きく改善するとともに共同訓練や日米の相互運用性の向上を図ることに資するものとなるという考えの下、「航空自衛隊は、地元への騒音の影響を考慮しつつ、米軍との共同訓練のために嘉手納飛行場を使用する」ことが合意をされている。 第4に、BMDレーダーの情報共有である。これは、我が国のBMD能力を補完することを狙いとして、米軍のBMD用移動式レーダー、通称Xバンドレーダーを車力分屯基地に配置し、このレーダーによって得られる情報を日米で共有することとしたものである。

4、今後の防衛力整備における課題
 米軍の再編協議は、米軍自体を世界的な規模で態勢変換しようとする動きであるが、同時に同盟国にとっても防衛態勢の変革を否応なく強いるものである。 日本国内には、感情的な反発が日米関係に影を差しつつあるなか、この協議を通じて関係を再構築し一層の緊密化を図ろうとする努力も着実に進展しつつある。わが国が将来に亘って安定した戦略環境を構築していくためには、この再編協議を日米双方の努力によって確実に結実させなければならない。わが国の防衛力整備もその基本線に沿ったものでなければならないと考える。 こうした観点から、そのための障害となりかねない幾つかの課題について所感を述べておきたい。

 (1)米国とのパイプの細さ
 他国と比較して、日本は、米国との人的なパイプが極めて細い。これはなんとか拡大しなくてはならない。米国における日本や日米同盟に対する理解者が少なく、また、日本においても日米関係や日米同盟の現状、現実に対する理解が不足している。我々自衛官は、日米共同訓練や、様々な面での協議等を通じて日米同盟の信頼性を支えるミリタリー間の信頼関係を強化していくとともに、世論の形成に影響力を有する人々や日米双方の政策決定に関わる文民のリーダーたちにももっと現実を理解してもらい、現実に基づいた議論がしてもらえるよう、情報発信をしていかねばならないと思っている。

 (2)防衛関係費の削減
 我が国周辺においては、北朝鮮のミサイル発射及び核開発並びに領土を巡る問題など、依然として不透明な安全保障環境の中、周辺諸国は軍事力を増加させている。そのような中、我が国は依然として防衛関係費の削減を進めているので、我々としても、装備品の一括取得、いわゆるまとめ買いなどを中心とした、装備品調達の効率化や、調達業務の適正化を進めるといった努力をしていく必要がある。しかし、その一方で、ここ10年近くにわたり様々な努力を続けてきており、部隊の活力を維持するにも限界がある。 周辺諸国の戦力近代化に的確に対応するためだけではなく自由と民主主義を守るため国際社会の一員としてふさわしい役割を担うためにも防衛関係費については、財政的な観点だけではなく我が国周辺そして国際的な安全保障環境を考えた真剣な議論が必要だと思う。

 (3)人的戦力の削減
 3点目は、人的戦力の削減への対応である。現在、公務員の総人件費改革の一環として、行革推進法に基づく自衛官の実員の削減が議論をされている。 自衛官は、防衛出動等の任務にあたるという特殊性から、特別職国家公務員として位置づけられ、一般職の国家公務員の総枠を縛る総定員法の適用外とされてきた。また、高い専門性を有する航空自衛官の養成には長期間を要し、装備品の維持運用のために必要な人員で構成されている人員の削減は直接装備品の戦力発揮に影響を及ぼす。そうした事情を踏まえて、自衛官の規模は安全保障の観点から議論されるべきものであり、財政的観点のみに捕らわれた過大な削減は問題である。 また、北朝鮮のミサイル発射や核開発、周辺諸国の著しい航空戦力の近代化が推進されている環境下での自衛官の削減は、近年の防衛関係費削減とあいまって周辺諸国に誤ったシグナルを送る可能性もあると危惧している。

 (4)防衛力整備の方向性
 4点目は、防衛力整備の方向性についてである。 防衛関係費が継続して減額されてきている上に、人的戦力の抑制の議論が進む中で、小規模とはいえ、機能的に完結した航空戦力の造成を目指すのか、あるいは、米軍との共同を前提に、役割、機能分担を進め、一部の機能は整備せず米軍に依存する航空戦力の造成を目指すのかの選択は以前にも増して大きな課題となってきている。

 (5)産業基盤、技術基盤の維持
 5つ目の課題は、産業基盤、技術基盤の維持についてである。 我が国は、技術面を大きく米国に依存しているが、昨今、米国の技術保護に対する姿勢が強化されて最新の技術を米国から得ることは困難となりつつある。技術力の格差が益々広がっていけば、我が国が自力で装備品を開発、装備することが一層困難になっていくであろうことは想像に難くない。他方、研究開発の資源にも限りがある以上、どの分野に重点を置いて、我が国の技術基盤を維持していくのかについて、しっかりとした議論をして、今から具体的な策を講じなければならない。 防衛産業基盤、技術基盤は、取りも直さず我が国の国防力そのものであり、単なる産業保護政策としてではなく安全保障の問題として官民一体で取り組むべき大きな課題であると認識している。


5、おわりに
 対米依存に対する国民の反発感が日米関係の不安定化要因となりつつある中、現在進行中の米軍再編協議は或る意味、好機でもあると言える。なぜなら、本協議は対話と協力の場をもたらすのみならず、結果的に、米国と共同して数多の紛争を経験してきている英豪と劣らぬ程に緊密な日米の協力関係を構築できれば、それは、我々が希求する将来にわたる安定した安全保障環境の醸成に適うからである。そのためには、在日米軍再編関連の施策や、共通戦略目標の追求に伴う日米協力における役割・任務・能力の検討などを、着実に推進していくことが必要である。もし、これが暗礁に乗り上げれば、日本に対する大きな失望感が生まれるだけでなく、米国の同盟戦略の見直しまで波及する可能性があるのではないかと危惧している。但し、その際、ともすれば、米国の国益追求に引きずられてしまいかねない中で、我が国の国益をしっかりと主張、追求することが重要であり、こうした姿勢は日米関係を損なうよりはむしろより成熟した同盟を育むものと考える。 再編協議は、これからが正念場であると言えよう。引き続き実施することとされている役割・任務・能力についての検討や計画検討、更には着実な防衛力整備の努力を通じて、将来の日米同盟をどうするのか、どうしていけるのかという本質的な議論を行って行かねばならない。また、この真剣な議論やその結果を具現化していく努力、具体的には防衛力整備を通じてこそ相互の理解と信頼の強化が図られていくものと考えている。 その点、米国とのパイプの細いわが国にとって、JAAGAの皆様がこれまで長年にわたって築いてこられた人間関係に立脚した日米の信頼、協力関係というものは、国家としての大きな財産であり宝であるといえる。私も防衛部長として、成熟した日米同盟を育むために再編協議や防衛力整備に最大限の努力を傾注する所存であるが、不安定化要因を孕む現在の状況の下で、本協議によって関係強化を実現できるまでの間、日米同盟をしっかりと繋ぎ止めておくため、JAAGAの皆様に期待するところは非常に大きい。これからも引き続き日米関係の強固な絆であり続けて頂きたいと願う次第である。


JAAGA講演会 (2007.11.15)